最高裁判所第二小法廷 昭和63年(オ)1134号 判決 1992年1月24日
上告人 江崎弓代
同 伊藤雅惠
同 伊藤正樹
同 伊藤まどか
上告人兼正樹・まどか法定代理人後見人 伊藤直樹
右五名訴訟代理人弁護士 岡本弘 中根正義
被上告人 岡戸一子
右訴訟代理人弁護士 原山剛三 原山恵子
被上告人 合名会社 八千代館
右代表者清算人 岡戸一子
右訴訟代理人弁護士 原山剛三
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人岡本弘の上告理由第一点について
合名会社の社員は、持分の譲渡とは別に、会社に対して将来取得し得べき残余財産分配請求権をあらかじめ譲渡することができるものと解するのが相当である(大審院昭和九年(オ)第六五三号同年一二月二八日判決・民集一三巻二二六一頁)。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点について
合名会社の解散後に社員が死亡した場合において、相続人が数人あるときは、当該社員の持分の遺産分割がされ、その共有関係が解消されるまでの間、共同相続人が清算に関する権利を行使するには、商法一四四条の規定に従い、そのうち一人を当該権利を行使する者と定めることを要するところ、この理は、死亡した社員の共同相続人の全員が社員である場合においても異なるものではなく、各社員が、死亡した社員の持分に基づき、清算に関する権利を行使するには、いずれか一人を当該権利を行使する者と定めることを要すると解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也)
上告代理人岡本弘の上告理由
第一点原判決には、理由不備、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。
一 原判決は、
(a) 事実として、
(イ) 被控訴人(被上告人)らの主張として、
「昭和四〇年七月ごろ正七は当事者及び控訴人弓代及び同雅惠の法定代理人を兼ねて、被控訴人岡戸との間で、
(一)(1) まんの遺産の分割につき協議し、まんの有した被控訴人会社の持分に基づく残余財産分配請求権は被控訴人岡戸が取得することを合意した。
(2) 被控訴人岡戸に対し右残余財産分配請求権を譲渡する合意をした。
(二) 被控訴人岡戸に対し光子固有の被控訴人会社の持分に基づく残余財産分配請求権を譲渡する合意をした。」
旨の事実を摘示し、
(ロ) 右各合意を「本件合意」といい、右(一)の合意を「本件(一)の合意」と、右(二)の合意を「本件(二)の合意」ということにし、
(ハ) 控訴人(上告人ら)の認否として、本件合意がなされた事実は否認するとしたうえ、仮定的な控訴人の主張として、
(一) 本件(一)の合意は、まんの被控訴人会社の出資持分を対象とする遺産分割協議としてなされたもので、残余財産分配請求権の合意ではない。
(二) 合名会社が解散中はその効果として社員は持分を譲渡することも退社することもできなくなり、利益配当請求権を失い、代りに残余財産分配請求権を取得する。社員は持分を譲渡することができない以上、残余財産分配請求権も譲渡できなくなるから、本件(二)の合意は無効である。
旨を摘示した。
(b) 理由として、
(イ) 本件(一)の合意は、相続財産分与協定書(<書証番号略>)が作成されるに至った経緯及びその記載内容等からみて、まんの相続財産である被控訴人会社に対する持分を対象として、相続人らの間で権利関係を合意したものであって、その実質はまんの相続財産についての遺産分割協議であり、利益相反行為にあたるから無効である。
としたが、他方で、
(ロ) 本件(二)の合意は有効であると判断するとし、その理由は一審判決理由説示と概ね同一であるとして、これを引用した。即ち「合名会社である被告会社(被控訴人会社、被上告会社)が清算中である以上、原則として社員以外の第三者に対し持分を譲渡することは認められないが、清算中は会社と社員との関係は財産上の処理が中心であり、全社員の退社による財産関係の事後処理と認められるべきものである以上、社員全員の合意で一名のみの社員に対し会社財産を移転する趣旨での残余財産分配請求権を譲渡することは」(一審判決八枚目裏八行目から同九枚目表三行目)「有効であると解するのが相当である。けだし、こうした譲渡は、清算手続を阻外するものではなく、また会社債権者を害することにもならないからである」(原判決一九枚目裏五行目から同二〇枚目裏二行目まで)という。
二 ただ、一審判決が右譲渡が「……合名会社の任意清算の方法として有効であり、その効力を否定することは相当でないと考えられ」るとしていたものを、原判決が引用しなかったのは、上告人(控訴人)らが、
(a) 突如として現れた「任意清算」なるものも勝手に何でもできるものではない。
(イ) まず「任意清算」として、総社員の同意を以って定めることができるのは、「会社財産ノ処分方法」であり、「持分」、「持分の払戻請求権」あるいは「残余財産分配請求権」の処分方法ではない(商法一一七条一項前段)。
(ロ) 然も「任意清算」は、解散の日より二週間内に財産目録および貸借対照表を作成する(同項後段)、会社財産の処分方法について、解散の日より二週間内に会社債権者に対し異議あれば一カ月を下らない一定の期間内にこれを述べるべき旨を公告し、かつ知れたる債権者には格別に催告することを要する(同条三項・一〇〇条一項)などの手続を踏むべきであるのに、これらの手続も踏まれていない。「任意清算」ならば解散の際右の如き手続が踏まれていなければならない。
(b) 一審判決は、「任意清算」とは全く関係のないものを、任意清算とは何か、如何なる手続を踏むべきか、何故任意清算に類するかについて全く配慮せず、抽象的に「任意清算」なる用語を用いて無効の遺産分割協議(合意1)、無効の持分ないし残余財産分配請求権の譲渡(合意2)の、無効性をカムフラージュせんとしているが、「任意清算」であれ何であれ、もともと無効な「遺産分割協議」あるいは「譲渡」に対し有効性を付与し得るはずもあるまい。被控訴人側でも、「任意清算」なる手続などできず昭和四〇年七月の合意が無効で援用できないから昭和五九年六月になって<書証番号略>により「遺産分割協議並びに持分譲渡契約」を成立させようとしたのである。
と主張したのを考慮したためであろうか。
三 原判決は、相続財産分与協定書(<書証番号略>「岡戸まん名義の合名会社八千代館の出資持分については、その全部を岡戸一子に分与することを承認した旨)の合意(本件(一)の合意)を前記一(b)(イ)のとおり、合名会社に対する持分を対象とした遺産分割協議としながら、持分譲渡証書(<書証番号略>「伊藤光子名義の合名会社八千代館出資持分を無償で譲渡する」旨の証書)による合意を、被控訴人(被上告人)らの主張(前記一(a)(二))に合わせて、「残余財産分配請求権を譲渡する合意」と認定している(本件(二)の合意、前記一(b)(ロ)参照)もののようである。即ち、本件(二)の合意に関する唯一の証書たる<書証番号略>には表題として「持分譲渡証書」とあり、本文にも「……出資持分を……譲渡」する旨記載されており、他に本件(二)の合意を証する証書はないのに、原判決は「残余財産分配請求権を譲渡する合意」の成立したことを認定している。これは証書(<書証番号略>)の記載の趣旨を誤解したもの、唯一の書証である右書証によって到底認定できない事実を強引に事を曲げて認定したもの、あるいは「持分の譲渡の合意」を「残余財産分配請求権の譲渡の合意」にすり替えたものであり、原判決には、証拠手続に法令の違背があり(かつこれが判決に影響を及ぼすこと明なるもの)あるいは理由不備(民訴法三九五条一項六号)の違法があると断ぜざるを得ない。ちなみに、本訴直前に被控訴人側が作成した<書証番号略>にも「持分」なる用語が使用されている。
四 仮に原判決及びこれが引用する一審判決理由説示に「清算中である以上、原則として社員以外の第三者に対し持分を譲渡することは認められないが……全社員の退社による財産関係の事後処理と認められるものである以上社員全員の合意で一名のみの社員に対し会社財産を移転する趣旨で……譲渡することは有効である」とあることから、「残余財産分配請求権を譲渡する」などの用語を混用しているものの、実質は原判決は、「社員全員の合意で一名のみの社員に対して他の社員の持分を譲渡する(被上告人岡戸一子と亡光子相続人らとの合意で光子持分を被上告人一子に譲渡した)のは有効である」としたもの、即ち、原判決は、<書証番号略>の記載どおり、社員全員(被上告人岡戸一子と光子相続人らと)の合意で一名のみの社員岡戸一子に他の社員光子の持分を譲渡する合意の成立を認定し、その合意を有効としたものとすれば、原判決には法令の解釈に過誤があり、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があることになる。即ち、
(一) 合名会社が解散したときは、その効果として、社員は持分を譲渡することも、退社することもできなくなり、利益配当請求権を失い残余財産分配請求権を取得することとなる(服部栄三・管原菊志編逐条判例会社法全書一-二六五頁)
(二) 合名会社は、社会的信用を重視するから、社員の死亡は退社原因となり(商法八五条三号)相続人は当然にはその持分を相続することができないが、会社が解散し清算中は、会社は清算の目的の範囲内で存続するにすぎず、会社の営業の存続中と異り、社員の個性を重視する必要はないから、社員の死亡は退社原因とならず、相続人が当然に持分を相続し、社員資格を承継することとなる(前掲全書四八六頁、注釈会社法一-五三一頁)。
(三) そして会社が解散し清算中に死亡した社員に数人の相続人があるときは、死亡した社員の持分は、それらの相続人によって共同相続され、共同相続人はすべて社員となり、持分を共有することとなる(民法八九八条、前掲全書四八七頁)。
(四) ただ、共同相続人全員が「清算ニ関シテ社員ノ権利ヲ行使」できるとすれば、不便でありかつ混乱を招くおそれも生ずるから、主として会社の便宜のため、数人の持分相続人がある場合には、清算に関して社員の権利を行使すべき代表者一名を選定しなければならず、この選定をしないときは、その権利を行使することができない(商法一四四条、前掲全書一四五頁、前掲注釈会社法五三四頁)。
(五) 合名会社が解散し清算中なるときは、会社は清算の目的の範囲内で存続するにすぎず、その目的のためのみの業務活動しか行えないから、
(a) 社員は右清算手続とは別の手続で退社する必要性は全くないし、これを認めては清算手続が混乱し、更には無限責任社員が減少し、会社債権者を害するから、社員が退社することは(死亡の場合でも)、許されない。
(b) 同様に、社員は持分を譲渡する必要性は無いし、これを認めては、清算手続が混乱し、更には無限責任社員の責任財産や資力に変動を生じ、会社債権者を害する虞れがある(持分は社員たる地位であり責任の根拠ともなるから資力のない社員に他の社員の持分が譲渡されるならば会社債権者は害される)から、社員が持分を譲渡することは許されない。
(c) 社員は、たとえ、他の社員に対して為すとしても、持分を譲渡する必要性は無いし、これを認めては、資力のない社員に対して持分が譲渡されることにより会社債権者を害することになるから、許されない。
(六) よって原判決には、合名会社解散清算手続に関する商法の法理を誤解したものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があることになる。
五 原判決(及びその引用にかかる一審判決)は、「清算中である以上、原則として社員以外の第三者に対して持分を譲渡することは認められないが、清算中は、会社と社員との関係は財産の処理が中心であり、全社員の退社による財産関係の事後処理と認められるべきものである以上、社員全員の合意で一名のみの社員に対し会社財産を移転する趣旨での残余財産分配請求権を譲渡することは有効である……こうした譲渡は清算手続を阻外するものでなく、また会社債権者を害することにもならない」と説示する。ところで、
(一) 社員の持分とは、社員がその資格において有し負担する権利義務の総体、即ち社員たる地位のことであり、会社が解散して清算手続に入った以上、原則も例外もなく社員の持分は第三者に対してであれ他の社員に対してであれ、有効に譲渡することはできない(前記四(五)(b))。
(二) 清算中の会社と社員との関係は、会社の現有財産で会社債務を完済するに不足するときは社員は出資をなす義務を負う(商法一二六条)のであり、会社財産だけで会社の債務を完済できないときは各社員連帯してその弁済の責めに任ずべきで(同法八〇条)、この責任は少くとも解散の登記後五年内は存続する(一四五条)のであって、清算手続中は社員がその持分を譲渡してあるいは退社して、その責を免れるようなことはできない。会社債権者を害し清算手続を阻外するからである。
(三) 残余財産とは、会社が債務を完済したあとになお残っている積極財産であるが、残余財産分配の時期は会社の債務が完済したあとでなければならない(商法一三一条)し、持分割合に応じて分配されなければならない。
(四) 換価のため清算人が会社財産を一名の社員に譲渡することは直ちに違法であるとも言えまいが、残余財産分配請求権の譲渡とは全く異質のものである。
(五) 社員の持分から残余財産分配請求権のみを抽出して譲渡するようなことは社員の全員の合意によっても為し得ることではあるまい。
(六) 以上の次第であるから原判決が説示する前記理由は、商法の会社清算手続に関する法理を誤解したものでありかつ論理的にも予盾混乱したものであり、原判決には法令の違背があり(かつこれが判決に影響を及ぼすこと明なるもの)あるいは理由不備(民訴法三九五条一項六号)の違法があると断ぜざるを得ない。
六 仮に原判決は、「原則として社員以外の第三者に対して持分を譲渡することは認められないが、」と表現していても言葉のあやで、合名会社の清算手続中は社員間でも持分の譲渡は認められないが、<書証番号略>の合意は、持分に基づく残余財産分配請求権だけをその持分と分離して譲渡する合意の成立を認定し、その有効性を認めたものと仮定すれば、前記三項のとおり、証拠手続に法令違背があることになるだけでなく、会社の解散によって発生する抽象的な残余財産分配請求権だけを持分から分離して譲渡することを認めることは、社員としての義務と権利とを(しかも、その内の残余財産分配請求権のみを)分離し、後者のみの譲渡を認めることであり、会社の清算手続中では残余財産分配請求権は具体化していない故に、必要性に乏しいだけでなく、清算手続に混乱を招くことであり、このことは社員間においても同様であり、許されるべきでない(会社債務が完済されて残余財産分配請求権が具体化して、数額が確定した債権あるいは特定物の所有権と化したときは会社債権者や会社自体に対する義務は存在しない(商法一三一条)ことになっているから、格別であるが)。結局原判決は、持分が社員としての資格であり、権利義務の総体であり、権利の内の一部分である残余財産分配請求権のみ分離して譲渡できるはずもないのに、この理を看過したもの、即ち、残余財産分配請求権に関する商法の法理を誤解したものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があることになる。
第二点原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。
一 原判決は、
(a) 当事者間に争いがない事実として、
(イ) 岡戸まんは昭和二五年一二月二〇日死亡し、被控訴人(被上告人)岡戸一子及び亡伊藤光子が相続によりその権利義務を承継した。
(ロ) 光子は昭和三七年一二月一二日死亡し、控訴人(上告人)弓代、同雅恵及び亡伊藤正七が相続によりその権利義務を承継した。
(ハ) 正七は昭和六二年二月四日死亡し、控訴人(上告人)らが相続によりその権利義務を承継した。
(ニ) 被控訴人会社(被上告人会社)に対し、まんは三万〇八〇〇円、被控訴人岡戸は二万〇八〇〇円、光子は一万円の各持分を有する社員であった。
(ホ) 被控訴人会社は、昭和二五年八月一五日総社員の同意により解散した。
との各事実を挙示し、
(b) 右事実と証拠により、
(ヘ) まんの死亡により被控訴人岡戸と光子がまんの持分を均等に相続した。
(ト) 光子の死亡によりその持分を正七、控訴人弓代、同雅恵が共同相続した。
との各事実を認定し、
(c) 更に右認定等により、
(チ) 昭和五九年一二月七日(<書証番号略>により商法一四四条に基づいて代表者を選定した日)当時正七、控訴人弓代及び同雅恵の三名は、まんの持分三万〇八〇〇円に基づく被控訴人会社に対する残余財産分配請求権を被控訴人岡戸と共有していたにすぎない。
(リ) まんの持分一万五四〇〇円に基づく残余財産分配請求権については、本訴提起当時には、右持分は相続人たる被控訴人岡戸、正七、控訴人弓代及び同雅恵の共有するものであるから、……商法一四四条によれば、まんの右持分に基づいて被控訴人会社の清算に関する権利を行使するためには、相続人たる右四名の協議により右権利を行使すべき者を定めなければならない。
旨説示している。
二 これは一審判決でも、仮差押手続(<書証番号略>)でも問題にされず、被上告人らも問題にしていなかった点を不意打ち的に原判決が新たに問題点と一つの解釈とを提示したものではある。即ち、原判決は、岡戸まんの持分について、被控訴人会社解散後の昭和二五年一二月二〇日同女につき相続が開始したから、同女の相続人間で、商法一四四条に基づいて被控訴人会社の清算に関する権利を行使すべき者を定めなければ、残余財産分配請求権を行使できない、とするものである。
三 ところで、
(一) 岡戸まんは被控訴人(被上告人)会社解散後に死亡したものではあるが、同女の相続人は社員である伊藤光子と社員である被控訴人(被上告人)一子とであったから、その間で「清算ニ関シテ社員ノ権利ヲ行使スベキ者ヲ定」めなければ岡戸まんの持分に基づく残余財産分配請求権を行使し得ないものではあるまい。
(二) なるほど岡戸まんの持分三万〇八〇〇円について、光子と被控訴人一子との間には遺産分割協議は成立していなかったが、「まんの死亡により被控訴人岡戸と光子がまんの持分を均等に相続したこと」は明白である。(原判決六枚目裏二行目以下、同一五枚目裏九行目以下)。(若し被控訴人一子と光子との間に遺産分割協議が成立していれば、その協議の内容如何により、右均等の相続割合に変更が生じたが、相続人が一名に変更されたか、しただけのことである。)
(三) 右のとおり、まんの死亡により同女の持分三万〇八〇〇円は被控訴人一子と光子により均等に相続されたから、被控訴人会社に対する
(a) 被控訴人一子持分は 三万六二〇〇円
(b) 光子持分は 二万五四〇〇円
と変動した(若し右遺産分割協議が成立していれば、その内容如何により、この持分割合に更に変更を生じただけのことである)。
(四) 原判決の前記説示(第二点一(c)(リ))は、その前提として岡戸まん持分として永久に一個の持分として不可分なものとして残存しているものと観念しているやにもうかがわれるが、持分なるものは、決してその様なものではない。即ち、合名会社の社員の持分は、分割して一部を譲渡することもできる(商法七三条参照)し、相続が許される場合には必ずしも独りでしか相続できないものではない(商法一四四条は解散後の清算に関するものではあるが、数名により相続できることを前提にしている)。
(五) ところで被控訴人一子も、光子ももともと被控訴人会社の社員であったから、「清算に関して社員の権利を行使」するのに、会社解散前からの自己の持分に限らず、まんの持分を相続した分も含めて、即ち、前記(三)の持分割合で権利の行使をできるのである。
(六) 原判決は、その説示(第二点一(c)(リ))の前提として、
(イ) 光子は一万円
(ロ) 被控訴人一子は二万〇八〇〇円
(ハ) まんの持分三万〇八〇〇円については一四四条に基づいて光子又は被控訴人一子が指定されたときはその者は三万〇八〇〇円、
の割合で清算に関する権利の行使を為し得るに過ぎない、と考えているようであるが、これによれば、光子又は被控訴人一子のいずれか一方は、自らも社員として解散前からの持分については自ら権利の行使をするのに、まんから相続した分については他方に委ねて権利行使するより仕方がない、という極めて不合理なことになるのであって、四角四面で、到底採ることのできる考え方ではない。
(七) 商法一四四条は、数人の持分相続人が清算に関して共同して社員の権利を行使することは不便であることもさることながら、各自相続分に応じて個々に権利行使ができるとすることも、清算手続上煩瑣であるから、主として会社側の便宜のため代表者一名を選定しなければ権利の行使をなし得ないとするものである(注釈会社法(1) 五三四・五頁)から、もともと社員たる者が相続人となった場合(この場合相続人は固有の持分については自ら権利行使する)にまで適用される必要性はなく、それを適用すべしとするのは、四角四面で、度し難い法解釈と評すよりほかない。
(八) 要するに本件では、岡戸まんの死亡による相続については、相続人全員が解散前からの社員であったから、商法一四四条により代表者を定める必要はなく、光子も、被控訴人一子も、相続後の持分割合、即ち、二万五四〇〇対三万六二〇〇の割合で、清算に関して権利行使をなし得たわけである。
(九) ただ光子が昭和三七年一二月一二日死亡し、正七と控訴人(上告人)弓代、同雅恵の三人が光子の持分を相続したから、同女の二万五四〇〇円の持分(まんの持分を相続した分も含む)に基づく権利の行使をなすには、商法一四四条により代表者を選定しなければならない、ということに過ぎない(右選定はなされている……<書証番号略>)。
(一〇) 畢竟するに、原判決は、商法一四四条の解釈を誤り、合名会社の持分・清算に関する法理を誤解したものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があることになる。